はこぶね 2025年2月1日
「わたしは弱いときにこそ強いからです」
コリントの信徒への手紙二12章10節
新約聖書の書簡(「○○への手紙」)の多くを書いたのは、パウロ(Saint Paul)という伝道者でした。彼は難病を抱えていたと言われます。聖書学の研究によるとそれは「てんかん」だったと推測されます。
これについてパウロ自身が書いています。「それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです」。そして「この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました」。それほどにパウロを悩ませる病だったのです。
しかしその祈りに対する主の答えは、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」。祈りが聞き入れられないだけでなく、それどころか、弱さが良いのだと言われたのです。
自分の意志や努力で克服できる(すべき)弱さと、そうではないものとがあります。前者に対しては真剣に取り組むべきでしょう。でも後者の自分の限界と無力を思い知らされるような弱さについては、絶望を感ずるのみです。
しかしこの弱さは、自分で埋めなくても良いのです。そこは神の力の発揮されるところだからです。パウロはその弱さこそ「キリストの力がわたしの内に宿る」場所だから、「むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」とさえ言います。
そしてどんな「行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」と表題の言葉に達するのです。
河野進先生という牧師は、ハンセン病の人々に寄りそう活動をしています。この方の書いた「病む」という詩をご紹介します。
病まなければ
聞き得ない慰めの言葉があり
捧げ得ない真実な祈りがあり
感謝し得ない一杯の水があり
見得ない奉仕の天使があり
信じ得ない愛の奇跡があり
下り得ない謙遜の谷があり
登り得ない希望の山頂がある
病などの根源的な弱さを自覚する時、それを通して、初めて見えてくるものがある。それを知った時にこそ、人は本当の強さを知るのです。 園長 大村 栄